自己紹介

トップに戻る


◆ゲーリィ虫条について◆

生まれ
  ミニスカートが大流行した年の11月末日。

2歳の時
  胃腸系の病気に罹り入院。
  その時病室の窓から見た蒸気機関車が一番古い記憶。

小学校低学年時代
  男子と野山を駆け巡るのが好きで暗くなるまで遊び続けた。
  親から「もっと女の子らしくしなさい」とよく怒られていた。
  校内の木に登って、校長に見つかり怒られた。
  腹が弱くて、アイスを内緒で買い喰いした事がバレて怒られた。

小学校高学年時代
  「ザ・ベストテン」にハマり専用ノートを作り毎週詳しくメモを取っていた。
  そのノートは今でも宝物。
  サーカスのコピーをしていた仲間とステージに立つ。がしかし、歌ったのは
  ピンクレディの「サウスポー」。もちろんフリ付き!
  音楽クラブで「ビューティフルサンデー」を演奏し感動。

中学時代前半
  ちょっとした事で仲の良かった親友と二人でクラスの村八分に遭う。
  漫才ブームの波にのり、その親友と漫才師を目指してみるが挫折。

中学時代後半
  校内暴力全盛期!クラスでの授業ボイコットにも参加。
  部活の仲間にハメられ無理矢理美術部の部長をさせられていた。
  顧問が嫌なヤツで、とにかく苦悩の日々。
  「西部警察」にハマり、16時からの再放送を見るために毎日ダッシュで家
  に帰っていた。
  もちろん部活はサボり倒し。
  待ち伏せする顧問に見つからないように帰る事に没頭する毎日。

高校時代
  女子高が共学となり新たなスタートをした新設の高校に2倍以上の競争率
  をかいくぐって奇跡的な合格!
  が、その後の数学のテストで見事な「0点」を獲得!数学が嫌いになる。
  勉強自体も嫌いになる。
  「西部警察」の地方ロケに赴き、生の石原裕次郎や渡哲也に感激!

短大時代
  名古屋まで片道2時間半かけての長距離通学、実験・実習に明け暮れる
  ハメに…遊ぶために短大に行ったのに、全く遊べず。
  1年の夏休みは長島スパーランドの売店でガッツリ働き、高い評価を受け
  社員の方に思いっきり気に入られる。
  2年からは友人の紹介で、鈴鹿サーキットでのレース時のジュース販売の
  バイトに精を出し、レース観戦に興味を持つ。

就職〜現在
  必死で取った栄養士の免許を生かす事なく、教材の訪問販売の仕事に就
  くが、内容のハードさとセールスの強引さに納得出来ずに即退職。
  JA関係の事務職(畜産関連)に就き、現在も進行中。
  ライブバンド・爆風スランプと出逢い、結婚話も全てクリアにしてライブ参戦
  の道を歩み始める。
  2008年2月、一生ついて行くと決めていたザ・コブラツイスターズの解散に
  より、今後の生き方を一時見失ったものの、コブツイの前身バンドの復活
  やメンバーのソロ活動で息を吹き返し、再び新たなる人生のスタート。
  2010年より、川畑アキラさんに触発され大嫌いだったマラソンに挑戦!
  翌年の12月にフルマラソンを制限時間ギリギリで完走を果たした後、
  各地のマラソン大会に出没、ラン仲間も増え川畑アキラさんを主将とした
  チームSSRのメンバーに。
  ストレスを溜めず好きなことに没頭出来る環境づくりを目指して日々活動中
                 


◆ライブ参戦歴・バンド紹介◆

爆風スランプ (1991〜1996年)

  デビュー当時、友人が彼らの大ファンだったことで、名前だけは知ってい
  たが当時の自分は全く興味がわかず。
  本格的にファンになったのは88年の年末頃だったか?
  ちょうど彼らの大ヒット曲「Runner」を聴き、ピンと来てCDをレンタルしてき
  たのが追っかけ人生の始まりと言っても過言ではない。
  レンタルでは物足りなくなり、CDやアルバムを買い漁り、遂にライブに足
  を運んでしまう。
  最初の頃は地元のライブのみだったが、ファンの署名活動で実現した
  “大きなたまねぎ”(武道館)でのライブに参戦した事で、人生が大きく変わ
  ってしまった。
  それ以降、友人も全国的に広がり、本格的ライブ参戦人生の幕が開く!
  結婚話も進んでいた彼からある日「俺とハゲ野郎のどっちが好きなん
  だ!」と問い詰められ、「ハゲ野郎」と答え、晴れて自由の身に。
  その後、精力的に全国各地のライブに参戦!自他共に認める「旅のプロ」
  にも成長。
  が、メンバーを取り巻く環境の変化がどうにも辛くなり、96年を以っていわ
  ゆる『コアなファン』から足を洗う。
  現在でも当時のファン仲間とは交流があるのが嬉しいところ。



王様 (1995〜1996年)

  爆風のボーカル・中野氏の友人と言う事で彼のことを知り、その飾らない
  性格(衣装は着飾っていたが)と人当たりの良さに好感を抱く。
  ずっと毛嫌いしていた私の中の「洋楽の扉」をチョットだけ開いてくれたの
  が王様。
  ライブ参戦していた期間・地域は少ないものの彼の存在は私の歴史から
  は外せない。



杉浦フィルハーモニーオーケストラ (1995〜2000年)

  王様の出演したイベントの対バンで見たのが初めて。
  メンバー6人それぞれが化粧を施し、タキシードを着用している姿を目の
  当たりにした第一印象は「なんかインテリっぽくて嫌やな」。
  ところが、始まったライブを見て度肝を抜かされた。
  インテリっぽい兄ちゃん達が、ガンガンのロックにアレンジされたクラシック
  の名曲を凄いプレイで演奏しつつ、ステージ狭しと踊るわ天井に頭をぶつ
  けるんやないか?ってな勢いでジャンプするわで大暴れ。
  そのギャップがたまらなく可笑しくて一瞬で虜に。
  メンバーの兄さんたちも良い人ばかりで更にはまり込む結果に。
  同時に、クラシックの世界にもほんの少し足を突っ込み、世界を広げる。
  楽団長(リーダー)の杉浦氏始め、各メンバーの個人活動が忙しくなり、ライ
  ブ活動が少なくなりバンドは活動休止状態に。
  同時にライブ参戦も休止状態に。



ポカスカジャン (1996年〜)

  現在大活躍中のワハハ本舗所属のコミックバンド。
  渋谷公園通り劇場で行われたイベントで杉フィルの対バンとして見たのが
  初めて。
  (このときもう一組出演していたのがドンドコドンだった!)
  当時バンド結成間もない頃でメジャーでなかった彼ら、ワハハと縁のあ
  った杉浦氏が、杉フィル主催のイベントでポカスカと何度もステージを
  交え、その時聴いた「八兵衛の一番長い日」に感銘を受け、ライブ参戦が
  スタート。
  ポカスカがきっかで、ワハハ関連のいろんな公演にも何度も足を運ぶ。
  が、そのポカスカがきっかけで知ったバンドにハマってしまい、彼らの
  ライブへの参戦が減ってしまう事に。
  現在でも、彼らのライブの日に予定が空いていればプチ参戦している。



ザ・コブラツイスターズ (2000年〜2008年)

  ポカスカの玉ちゃんがポカスカに入る前に在籍してたと言う事で知り、興味
  を持つがなかなかライブを見る機会に恵まれず。
  爆風の中野氏と河合氏のユニット「スーパースランプ」が出演するイベント
  に彼らが急遽出演が決定した事で、やっと念願が叶う。
  が、第一印象が抱いていたイメージとあまりにもかけ離れていたショックで
  ただただ取り乱すのみ。
  その後、TVやラジオでじわじわ彼らの事を知ってゆき、その垢抜けない硬
  派で不器用そうな雰囲気がツボに入り、だんだんハマっていく。
  本格ライブ参戦後は、怒涛のような全国各地のライブ参戦に突入!
  ライブバンドならではの熱いステージと度肝を抜くステージパフォーマンス
  とちょっとどこかズレた感性に心をガッツリ掴まれる。
  爆風ファン時代に培ったものをフルに発揮していたせいか、たったの数ヶ
  月で当時のマネージャーに『コアなファン』と言われてしまった事も。
  “三度のメシ以上”と豪語するほどに生活の一部化した存在だったが、
  突然の解散でライブ参戦生活にも遂に終止符が!?



怒髪天 (2002年〜)

  コブツイの出演したイベントの対バンで見たのが最初。
  一度見たら絶対忘れないであろうボーカル・増子兄ィの風貌とステージで
  のこれでもか!とばかりに何もかも振り絞る姿にただただ圧倒。
  同じイベントでコブファンになった怒髪ファンの方の煽りもあり、本格的ファ
  ンになったのは翌年になってから。
  相変わらずハマるといても立ってもいられなくなり突っ走ってしまう性格で
  暴走しまくっていたが、ある出来事がきっかけで他バンドとの参戦の両立に
  精神的限界を感じ、最近は欠席傾向になってしまっている。



THE TWISTARS (2008年〜)

  ザ・コブラツイスターズの前身バンド。
  コブツイ解散に伴い、一夜限りの復活を果たしたのをきっかけに再活動を
  始める。バンドのコアなファンはコブツイで終了と決めていたものの、ボー
  カルでもあるポカスカジャンの玉井氏にバンドの手伝い要員として声をかけ
  ていただき、引退を思いとどまる。
  過去音源をCD化するだけのプロジェクトだったはずが、ふたを空けてみる
  とライブも大盛況。
  これまでとは違った観点でバンドに関わることになり、有難くも身の引き締
  まる毎日を送り、貴重な体験をさせてもらう。
  現在はプロのスタッフさんに交代、ファンとして年一の活動を見守っている。



ライブ参戦の歴史を見てみる

トップに戻る